推薦文
(中野幸一、松浦晃一郎、瀬戸内寂聴、小川津雅美)
物語の深層に挑む「源氏絵」
「源氏物語」に取材した絵画を通常「源氏絵」と呼んでいるが、その作品は、平安末期の国宝の「源氏物語絵巻」を始めとして、各種の絵巻、屏風絵、画、錦絵など、さまざまな形で多数伝来している。
この古くからの「源氏絵」の伝流の中に、現代になってきわめて異色な画風の作品が加わった。
今吉淳恵さんの描く「源氏絵」がそれである。
今吉さんの作品の最大の特徴は、写実を超えた自由な想像的心象の感覚的表現とでもいえようか。その意味では、シュールレアリスムにも通じるものがあろう。
表層的な形象にこだわらず、超写実的感覚的方法によって、日本古来の雅びの世界を表現しようとする試みは、前人未踏の大目な冒険であり、先例のない画期的な快挙として、刮目すべきことと思われる。ことに「源氏物語」のような奥深い作品の底に広がる精神世界を、いかに視覚化するかは至難の技であり、それにはまず「源氏物語」そのものの深く細密な理解と鑑賞が前提となるのはいうまでもない。
その点、今吉さんの「源氏物語」理解は、かって早稲田大学の大学院の聴講生として真摯に学び培った本格的なものであり、それが今吉源氏の根底にあることは、何よりも心強いことである。これに天性の鋭敏な感受性と、豊かな表現力が添加相乗されて、「源氏物語」の夢幻の心象を捕えることに見事に成功していると思われる。
今吉さんの絵の中の繊細な線描の走り、大目な刷毛目のうねり、華麗に重なり合う色彩の和音等々を、「源氏物語」の深層に沈殿するカオスの表現として捉えるとき、その極度に無駄を省いた洗練された構図の上に、愛いに沈む貴公子、恋に嘆く姫君、さまざまな宿命に弄される女君たちの、内面的心情の表象が浮かび上がってくるのを感じ取れるかどうか、今吉さんの「源氏絵」の鑑賞には、それなりにこちら側の源氏理解の度合を問い直される覚悟も必要である。
伝統的な日本の雅びの心、歯玄な世界を、写実を超えた新鮮な感覚で視覚化しようとする今吉さんの未踏の芸術的挑戦と葛藤は、今後も果敢に試みられるであろう。
長い間、今吉源氏の成長とその成果の様相を見守ってきた者の一人として、今後のいっそうの精進と大成を切に願うものである。
早和田大学 名誉教授文学博士 中野幸一
今吉淳恵氏と源氏物語
私は、1990年代後半今吉淳恵さんがパリの画廊で個展を開かれた時に初めて淳恵さんの絵画を拝見致しました。その時点で淳恵さんの絵画が醸し出す古典的な雰囲気に私は心を打たれました。その後14~15年の淳恵さんの描かれる絵画をずっと拝見してきていますが、画家としての成長ぶりに目を見張るものがあると思っています。
その後淳恵さんは源氏物語 54の11帖について精魂を傾けて絵を描かれるようになりましたが、これらの絵は源氏物語の雰囲気を非常によく醸し出しています。源氏物語の1帖1帖のエピソードを思い出しながら、それらの絵を見ると感慨は尚更のものがあります。
源氏物語 1000年紀にあたる 2008年秋にパリのユネスコ本部で淳恵さんの一連の源氏物語の絵の展示会を開催しました。大変好評でした。源氏物語を多少でも知っている方は無論の事、源氏物語をまったく知らない人たちも非常に心を打たれたようでした。ユネスコ本部はパリにありますので、当然多くのフランス人が見に来てくれましたが、ユネスコの加盟国は世界のほとんどすべての国をカバーしており、それらの国のユネスコ代表都の人たち、またそれらの国からユネタコ事務局で働いている人たち皆が感激しておりました。またその際に淳恵さんに源氏物語に
ついての講演をしてもらった時も、多くの人たちが最後までしっかり耳を傾けて聞いていました。
今年は淳恵さんが早稲田大学の社会人向けの講座で源氏物語について講演することが予定されていると聞いています。また同じく早稲田大学で源氏物語の個展も企画されているようです。これらの行事を通じて日本の人々が淳恵さんの源氏物語観及びそれに基づく一連の絵画につき理解が深まることを期待致します。
またこれから淳恵さんが益々画家として円熟していかれることを期待しています。
前ユネスコ事務局長 松浦晃一郎
透明で静寂な世界
今吉淳恵さんは、源氏物語を読み、これまでにない個性的な捕え方をして、其の感じを、独特のアブストラクトな絵に描いて見せてくれた。私がはじめて淳恵さんのその絵を見た時、なるほど源氏物語の中には、こういう抽象的な芸術味もあるのだなと感心した。
たとえば大条御息所の生量の感染にしても現実と非現実の世界を自由に飛び通う魂である。
淳恵さんの絵は、言葉や動作で表現しきれない真実をどう表現しようかという心の闘いがある。しかし現れたものはあくまで透明で寂かである。
多くの人に淳恵さんの絵を見てもらい、源氏物語の世界をまた一つ掘り下げてほしいと願う。
瀬戸内寂聴
今吉さんの源氏物語は本当に独自のもので私はここ数年お付き合いをしておりますが教える事はほとんどありませんでした。
安田彦先生は「画想」の中で「歴史を読んで画材を見出し画面を作り上げることはそれほど難事ではない。しかしそれに時代性を与え、さらに近代感覚を盛ることはなかなかの難事である。」とおっしゃられていますが、今吉さんの源氏絵は古典的で優美でありながらも抽象的で現代的に描いており、安田先生のおっしゃることを見事にクリアしています。とても驚き感心しています。
琳派にたらしこみという技法があり、よく部分的に画家がもちいるものですが、今吉さんはそれを大目に全面に使い「女君曼陀羅」などを雅びに美しく創り完成させるなど、誰もやっていないユニークな発想で源氏絵を大変独自の面白いものにしています。
まさに新しい源氏絵であり世紀の新しい源氏絵巻という感じがします。
「自信をもって発表するように」とすすめました。
手ほどきを受けた安田外喜子先生の教えが素晴らしかったお陰で今では描写力もしっかりしてきて、世玄に美しく澄んできたように思います。
私も今吉さんの絵から遠い日々や何時か来るであろう未来までも垣間見る事が出来る気がします。
日本美術院同人 小谷津 雅美